一流商社マンの松平京一郎は、人気歌手として活躍していたマヤと結婚し、幸福な新婚生活をスタートさせる。マヤは結婚を機に芸能界を引退し、家庭に入ることを決めていた。華やかな世界にいた女性とは思えないほど慎ましい彼女との生活は、順調に始まったかに見えた。
しかし、マンションの真下の部屋に住む主婦が殺されたことを境に、マヤの様子が少しずつ変わっていく。酒を飲まないはずの妻から酒の匂いがしたり、吸わないはずの煙草の吸い殻が見つかったりするなど、これまでとは異なる行動が目につくようになる。京一郎の胸には、やがて小さな疑惑が芽生えていく。
幸福だったはずの結婚生活に生じたわずかな違和感から、次第に大きな謎へと発展していく構成が本作の魅力。主要な人物を極端に絞り込み、限られた人間関係の中で事件と疑惑を組み立てる、笹沢左保ならではの実験的なミステリー。人間心理と犯罪の可能性を巧みに描いた異色の一作です。
