天保九年九月、初めての山越えで道に迷い、湯檜曽川沿いの山中をさまよっていた木枯し紋次郎は、空腹のあまり動けなくなってしまう。そんな彼に食べ物を差し出したのは、村の女・お民だった。しかし、差し出された蒟蒻は、紋次郎にとってどうしても口にできない食べ物だった。やがて紋次郎は、お民の妹・お清と、その子供である清坊をめぐる事情を知る。
清坊の父親は、紋次郎と同郷の幼馴染み・湯原の勘八だった。勘八は紋次郎の名を騙り、お清を手籠めにしていたのである。さらに、清坊は間引きに関わる残酷な境遇に置かれていた。紋次郎は、勘八のもとを訪ねることになるが、そこには幼い頃からの因縁と、渡世人としての厳しい現実が待ち受けていた。
本作では、紋次郎自身の過去にまつわる秘密と、幼馴染みとの対決が物語の軸となる。空腹に苦しむ紋次郎の姿や、清坊との無言の交流、そして人の情を踏みにじる非情な出来事が、いつもの孤高の渡世人とは異なる一面を浮かび上がらせる。夜泣き石と霧に包まれた山道を背景に、運命に翻弄される人々の哀しみと、紋次郎の揺るがぬ生き方が胸に迫る一編である。
