上州無宿の渡世人・木枯し紋次郎が帰ってきた。かつては他人との関わりを極力避け、己の腕一本を頼りに街道をさすらっていた紋次郎も、長い年月を経て再び物語の主役となる。本作では、十年前に生じた浮世の義理が、彼を思いがけない場所へと導く。いつものように旅を続けるはずの紋次郎が、珍しく旅籠に長逗留することになり、そこから新たな事件の数々が動き始める。
旅籠に足を止めた紋次郎の前には、さまざまな事情を抱えた人々が現れる。渡世人の世界に根づく義理や面目、金や欲望をめぐる思惑は、時に人を思いもよらぬ行動へと駆り立てる。紋次郎は積極的に人助けをする英雄ではない。それでも、過去から続く義理や偶然の成り行きによって、事件と無縁ではいられなくなる。街道で培ってきた鋭い勘と冷静な判断が、物語を緊迫したものにしていく。
本書は、紋次郎の新たな旅路を描く連作小説集である。年月を重ねても変わらない孤独な生き方と、時の流れによって変化する人間関係。その対比が、シリーズに新たな味わいを与えている。善悪を単純に分けず、義理や情に翻弄される人々の姿を淡々と描く笹沢左保の筆致も読みどころだ。再び歩き始めた紋次郎の姿を通じて、渡世人という生き方の厳しさと、人間の哀しさが浮かび上がる。
